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| このコーナーでは音楽史に名を残した偉大な作曲家たちを取り上げ、その作品と人生をご紹介していきます。ジャンルはクラシック。彼らの歩んだ道を辿り、曲の背景を思い浮かべて美しい旋律に耳を傾けてみませんか。 |
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「ヨハン・セバスティアン・バッハ」
(1685〜1750)ドイツ |
バロック音楽の大御所ともいわれるバッハはオルガンの名手で、鍵盤楽曲を中心に1000以上の作品を残しました。
フランスやイタリアの音楽様式や技法も採り入れましたが、当時としては斬新すぎて、聴衆を困惑させたようです。しかし1829年、初演から100年後にメンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を復活演奏してからは『大バッハ』と称され、天才として認められました。 |
| 生まれ故郷、ドイツのアイゼナハ周辺では、バッハといえば音楽家一族として有名で、親族の多くはオルガニストや教会の音楽監督を務めていました。父親も宮廷音楽家でしたが、10歳のときに両親を相次いで亡くし、オルガニストの長兄にひきとられました。 |
15歳からは教会の附属学校に通い、卒業後は各地でオルガニストを務めた後、23歳から宮廷専属になりました。
荘厳で華麗なパイプオルガン曲「トッカータとフーガ・二短調」はこの頃に作曲されたといわれています。32歳から38歳までは宮廷楽長を務め、35歳で作曲した<シャコンヌ>を含む「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」はバッハの管弦楽曲の中でも最高傑作といわれ、1994年の映画『無伴奏”シャコンヌ”』でもおなじみです。 |
38歳から晩年にかけては教会の音楽監督を務め、44歳頃に作曲した「管弦楽組曲第3番」の2曲目は、後にドイツのヴァイオリニストによって、ヴァイオリンのG線とピアノで弾けるようアレンジされたものが有名になり「G線上のアリア」と呼ばれるようになったのです。56歳頃の作品「ゴルトベルク変奏曲」はチェンバロによる1時間以上の長大な曲で、伯爵の不眠症を直すために作曲されました。
そのほか受難曲やミサ曲、カンタータ、協奏曲など多くを手がけ、65歳までライプツィヒの聖トーマス教会に務め、ここで生涯を終えました。 |
バッハは一族のマリア・バルバラと結婚しましたが、彼が35歳のときに死別。翌年に再婚した20歳のソプラノ歌手アンナ・マグダレーナは献身的にバッハに尽くしました。そんな妻に感謝を込めて贈った「クラヴィーア小曲集」は、今もピアニストにとって必須のレパートリーとなっています。 |
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